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約束は、破る為に。 「………約束。守るから。」 一言だけ呟いて、俺から目を背け、きつくつぶられた瞳。 まるで、お前の世界から俺を追い出すみたいに。 まるで、お前の世界から 俺を遮断するみたいに。 約束は、破る為に。 レギュラー番組の収録も終わって いつもの様に、打ち上げ会場に二人揃って顔を出す。 こんな時はいつも、俺の隣か正面に迷わず座るくせに 今日は、1番端と端。 暖房の効いた店内で、ジャケットを脱ぐと 視界の端に入った剛も同じ様に上着を脱いでいて 右腕に貼られた大きな絆創膏に、チクリと胸に何かが刺さる。 俺が、つけた傷。 『…………っ』 絆創膏を見たら 楽屋での剛の言葉と行動を思い出して、勝手に身体が反応してしまった。 『………中高生じゃあるまいし…』 自分に苦笑すると、周りに座っていたメンバーに何が?と突っ込まれて。 慌てて話を変えながら 視界の端に映る剛の存在が、何故か気になって仕方なかった。 一年前。 相方である剛に、楽屋で告白された。 「……俺、光一が……好き、やねん。」 あまりに突然の告白に、戸惑って。 相方であり男である剛相手に、気持ちに応える事も出来なくて 『………悪い。……そーゆう風に、思われへんわ。』 一瞬、泣きそうに顔を歪ませた剛は、ニコッと笑って。 「そーやんな。ごめん。」 て。 作り笑いを、した。 それから会う度に 剛は「好き」と呟く様になって。 最初はなんて返せば良いかわからなかった俺も、次第に軽くかわす様になっていた。 いつか、俺の事なんか唯の相方になって 新しい恋をして、幸せになってくれると思っていた。 実際剛はモテルし、何度となく告白めいた事をされてはそれを断って。 一年経っても、剛は俺を好きだと言い続けた。 「………光一?大丈夫?」 気が付くと 端っこで飲んでいた剛が隣に座って、俺を覗き込んでいた。 『…………何が?』 あまりにも心配そうな顔をするから 何故か俺の方が剛に何かあったんじゃないか、なんて不安になる。 「……何がって……飲み過ぎやろ。目、ヤバイで。」 机を見ると、空いたジョッキがいくつもあって 全部光一に飲まれた、とブツブツ呟く共演者達に、剛が眉を下げて謝る。 その光景を客観的に見ながら グラリと歪んだ視界に、久々に飲み過ぎたと自覚する。 「マネージャー呼んだから。帰ろ?」 差し出された右手。 俺はやっぱり、腕の絆創膏に目が行ってしまって 伸ばした指先で、そっとそれに触れた。 『………ごめん。』 あの時の、あの瞬間。 剛の涙を拭ったこの手が。 『…………ごめん、な。』 剛の白い肌に、傷を付けてしまった。 「………なんで、光一が謝んの。」 悪いのは、俺やから。 と呟いた剛が、笑うけど 告白された時と同じ様に、それが精一杯の作り笑いだと気付いてしまう。 「………光一、立てる?」 捕まれた腕は、少し震えていて 俺がさせた「約束」が、剛を苦しめている事に気が付いた。 『………ん。立てる。』 剛の腕を借りて立ち上がり、共演者に挨拶して 店の裏に回された車まで、剛と肩を並べて歩く。 少しだけふらつく足どりの俺を心配そうに伺いながら そっと背中に回された手は、やっぱり震えていた。 自分から、剛の気持ちを突き放したくせに。 毎日の様に聞いていた「好き」と言う言葉が無くなった事に何かが足りないなんて思ったりして。 背中に当たる頼りない体温が、何故か俺を切なくさせた。 「……気ぃつけて、帰りや。」 『………え?』 剛も帰ると思って 1番奥に座った俺は、驚いて顔を上げた。 『……お前、帰らんの?』 「………ん。今日は、飲む気満々やねん。」 バタンとドアを閉めて ひらひらと俺に手を振った剛が、車のエンジン音と共に小さくなって行く。 「光一、飲み過ぎだろ。ヤバイぞ、顔。」 『………うるせー。』 笑って悪態を付くと、「こんな光一、ファンが見たらがっかりだな。」と言うマネージャーに 剛に言われた言葉を思い出した。 光一の、良い所もダメな、所も。……全部知ってて好きなんて言うの、俺くらいやで。 『…………ほんまに、そーやな。』 初対面の人にいきなり告白されたり。 テレビ用の俺しかしらない人に、告白されたり。 俺の何を見て好きなんて言うてんの?って思う事ばっかりだった。 カメラがない所では、アイドルなんて言えたもんじゃない俺の隣にずっと居て それでも俺を好きだと言ってくれた剛には、幸せになってもらいたくて。 いつか剛の幸せそうな恋を、隣で応援出来たら…なんて。 本気でそう、思ってた。 『…………はよ。』 「あ、おはよー。」 ソロ活動の打ち合わせで事務所へ行くと 同じ様に打ち合わせに来ていた剛と偶然廊下で会った。 「………ソロの、打ち合わせ?」 『おん。そう。』 前までは 挨拶するや否や、「好き。」なんて言われて。 俺も、『知ってる』って 笑いながら返していたけど。 「……お互い、頑張ろな。」 『…………おう。頑張ろ。』 それが無くなっただけで、今までの俺達じゃなくなったみたいに感じる。 『…………剛っ』 「…………なに?」 振り返った顔は また、作り笑い。 『………俺、お前にそんな顔させてばっかやな。』 「…………え?」 首を傾げる剛に歩み寄って 黒い瞳を、捉える。 『俺……お前に、そんな顔させたかった訳ちゃうねん。』 黒い瞳は、激しく揺れて。 俺から目を逸らした剛が、歯を食いしばった。 「…………でも……約束……したし。……俺……ちゃんと、頑張って守るって……」 『…………剛。』 本当は 迷惑だなんて、思った事なかった。 『………俺は……お前に、幸せになってもらいたいねん。……幸せそうに、笑ってて欲しいだけやねん。』 剛が、笑っててくれれば。 なんだか自分も自然に笑えて。 剛が作り笑いをすると 俺まで、上手く笑えない。 「…………も、ちょっと……待って………」 俯いてしまった剛に、何かしてやりたくて。 ぼんやりとそれを見つめていると、あの日泣きながら言われた言葉を思い出した。 『………お前、今日、夜あけとけ。』 「………え?」 やっと顔を上げた剛は、首を傾げて 止む事なく揺れる瞳と、目が合った。 『夜、お前んち行くから。………こないだのお願い、聞いたるわ。』 キョトンとする剛にじゃあな、と呟いて 事務所の廊下に、俺の足音だけが響いた。 その日の仕事は、予定通りの時刻に無事終わって 一度家に帰ってから、駐車場に眠る愛車を走らせ、剛のマンションへと向かった。 近くのコインパーキングに車を停めると、妙な緊張が体を走る。 『………俺。』 「……今、開ける。」 エントランスのセキュリティが解除されると、その緊張はさらに高まって 部屋のインターフォンを鳴らす時には、人差し指が震えてる事に気付いて自嘲した。 「………いらっしゃい…」 『…………ん。お邪魔します。』 出迎えてくれた剛も、緊張しているのか俺と目を合わせなくて 口元だけで、無理矢理笑顔を作る。 『………なんでそんな顔、してんの。』 「……って……光一が……」 やっと俺を見た剛の瞳には、涙が滲んでいて 『………俺が?』 頬に触れると、剛の肩が強張る様に跳ねた。 「…………ほん、まに……お願い、聞いてくれる、の…?」 小さな口元から零れる奮えた声に頷くと あの時と同じ様にポタポタと零れる涙に、剛はきつく目を閉じた。 「………一回で、良いから……光一に……抱かれ、たいっ……」 水槽のエアポンプの音だけが聞こえる部屋に、その呟きは響き渡って 唇を噛みながら涙を流す剛の体を抱えて 少し開いていた寝室のドアを蹴り開けて、大きなベットにその体を投げ落とした。 『…………お願い聞いたるから、泣くな。』 ゆっくりと剛の上に跨がって 零れる雫を拭ってみる。 「………ごめ…も、泣かへ、ん……」 一生懸命涙を拭う仕草がなんだかかわいくて。 両手を抑え付けたら、あの時と同じ様に切なげな瞳で俺を見る剛が居た。 「………光、一…」 白い首筋に口付けると 震える声で俺を呼ぶ。 「…………こ、いち……」 首筋に舌を這わせながら剛のTシャツの裾に手を入れると 「…………っ……こぉ、っ」 抑え付けていた両手を勢い良く振り解いた剛が、跨がる俺の体を押し退けた。 『…………剛?』 自分の体を抱きしめる様に丸まった剛は、体を震わせていて 「………やっぱり……良い……」 『………は?』 「………抱かなくて、良いっ……っぅ……」 『………剛……』 震える体に触れると 涙でグシャグシャの顔が、俺を見た。 「……っ……俺っ………こぉ、いちに………は……好きになって貰えなくても良いけど………嫌われ、……ったく……ない、からっ………」 『………嫌いになんか、ならへんよ。』 触れる手を、また払い退けられて どうする事も出来ない俺は、ただ剛を見つめた。 「……って……俺っ……男やもんっ……」 『………知ってるよ。んな事。』 「男、がっ………男に、抱かれ、て………喘いでる声なん、て……聞きたくないやろっ……」 『…………』 言われた言葉に、俺は何も答えられなかった。 男を抱いた事なんて一度もないし、それと同じで男の喘ぎ声も知らないし。 「……っいち、に……気持ち悪い……なん、てっ……思われたく、ないから………」 だから、抱かなくて良い。 何度も叫ぶ様に繰り返す剛に、胸が痛んで。 剛の手を握って、すっかり反応していた自分の性器にその手を当てた。 「………っ……」 剛は、驚いた様に目を見開いて ゆっくりと、俺を見た。 『…………反応してるよ、俺。……お前で。』 「………っ………ック……」 黙ったまま 剛のシャクリ声だけを聞きながら、見つめ合う。 『………気持ち悪い、か?男にこんなんなってる俺。』 そう言うと 剛は首を横に振って もう一度、剛の上に跨がった。 『…………泣くな。』 こんな風に、しゃくり上げて。 体を震わせて、泣かせたいんじゃない。 頬に触れると、剛の両手が首に回って そのまま、もう一度白い首筋に唇を寄せた。 愛撫を進めて行くうちに剛の唇から漏れる吐息や声は、思っていたより「男」と言う事を意識させなくて それよりも、必死に声を押し殺そうとする仕草とか 快感に呑まれていく淫靡な表情とか。 譫言の様に繰り返す俺の名前を呼ぶ声とか。 そっちばかりに気が行って 気が付けば 夢中で剛を抱いていた。 「………こっ…、い、ち…」 突き上げる度に、俺の右手を握る剛の掌に力が入って それが妙に愛おしく感じた。 俺に抱かれながら甘い吐息を吐く剛を見つめながら もし、俺との約束通りに他の誰かを好きになって 付き合う様になったら。 俺がしている様に、剛もその女を抱くんだろうか。 それとも 他の誰かに抱かれながら、同じ様にこんな表情を見せるんだろうか。 なんて そんな事が、頭を過ぎった。 「……こぉ、いちっ……ン……っ…」 『…………ん?』 何かいいたげな剛に、突き上げるスピードを緩めて 繋いだ右手に、ギュっと力を入れる。 「……っ……ご、め……ッァ……」 何に謝っているのか解らなくて 再び、スピードを上げて突き上げる。 甲高い剛の声と吐息に煽られて 俺ももう、限界だった。 『…………ぃ、…く…』 「……ッン……俺、もっ……」 『………………っ…』 「………ぁ、っあぁっ」 ビクビクっと震える自分の性器に、男を抱く事に最後まで抵抗がなかった事に驚きながら 意識を飛ばしたのか俺の下でグッタリと目を閉じたまま動かない剛に、今までにない感情が芽生えている事に動揺していた。 『…………どーしたらええねん。』 呼びかけても起きない剛に 勝手にシャワーを借りて、勝手に体を拭いてやって。 そのまま呼吸が寝息に変わっていたのに気付いて、帰った方が良いのか起きるまで待っていた方が良いのかわからなかった。 『………子供みてーな顔。』 眉を下げて安心した様に眠る剛の顔は、まるで子供で その寝顔に、自然と柔らかく笑っている自分がいた。 しばらくその寝顔を見つめていると、どうしようもない切なさに襲われて 剛を起こさない様にそっと、隣に寝転がる。 目が覚めた時、どうか剛が笑ってくれるように 柔らかい体を、抱きしめて眠った。 PiPiPi… pipipi… 『…………はぃ。』 「光一?あと30分したら迎え行くけど、大丈夫か?」 『…………わかった。』 マネージャーからの電話に目を開けると、此処が自分の部屋じゃない事に気付いて 夕べの記憶が蘇る。 『……っ………つ、よし……』 此処は、確かに剛の部屋なのに 隣で眠っていたはずの剛は ベットにも、リビングにも何処にも居なかった。 主人の居ない部屋を出ると、冬とも春とも言えない風が吹いて 俺の背中を強引に押してくる。 『……………連絡もなしかよ。』 開いた携帯には、剛からのメールも電話も何もなくて まるで夕べの事には触れるな、と言われているみたいだった。 『………どーしたいねん、俺、は。』 剛を抱く事に、抵抗なんて何もなかった。 剛が他の誰かと交わる事を想像しただけで、怒りにも似た気持ちになって それが恋やら愛やらなのかハッキリしないままだけど 今、ハッキリ言える事は。 『………あの約束……ナシに出来ひんかな……』 それから三日が経って 二人一緒の雑誌の撮影。 楽屋へ入ると、いつもと変わらない様子の剛が居た。 『……おはよ。』 「あ、おはよ。」 読んでいた雑誌から顔を上げて 笑った顔は、やっぱり少し引き攣っている。 『………お前、さ。』 なんで 何も言わずに居なくなるんだ、とか。 なんで あの日の事、何も触れないんだって。 そう言おうとした時 楽屋のドアから控えめなノックが聞こえた。 『………はい。』 ドアを開けると、剛が何度か番組で共演していたグラビアアイドルが立っていて 小さな声で、「剛さん居ますか?」と呟いた。 少し赤らめた顔を見れば、剛に何の用事か解ってしまって 返事も出来ずにいた俺の後ろから、剛が「俺?」と言って歩いて来る。 「………光一、どいて?」 『……え?………あぁ。』 その娘と剛の間に立っていた俺は、少し迷ってから道を空けて。 「……ちょお、待ってて。」 とその娘に言ってから、履きにくそうなスニーカーをしゃがんで履き始める。 『………剛。』 「………ん?」 俺は 何がしたいんだろう。 もっと周りに目向けて、告白してくれた相手とちゃんと向き合えなんて言ったくせに。 なんで剛に、行くな。って そう言いかけてるんだろう。 『………剛。』 「なぁんやねん。」 振り返って笑った剛は、少し切なげで あの日触れる事の出来なかった唇にキスしたい。なんて衝動的に思った。 「…………光一が、お願い聞いてくれたから。」 『………え?』 急にあの日の事を呟いた剛は、俯いて スニーカーのつま先で、コンコンと床を蹴る。 「……だから俺も、ちゃんと約束守る。………嫌な思いばっかりさせて……ごめん、な。」 その言葉だけを残して楽屋を出て行った剛に、俺は追いかけて抱きしめる事が出来なかった。 俺が、言った事を。 あんな顔させてまで守らせ様とした約束を。 今更俺が、ナシにしたいなんて軽い気持ちで言える訳がない。 相手に何かを伝え様とした時に、こんなにも勇気が居ると言う事に気付いた今。 剛はどんな気持ちで、俺に想いを告げてくれたんだろうと考えたら それを笑って交わしていた自分が情けなくなった。 迷惑だ、なんて。 真剣に好きで居てくれた剛に対して、嘘でも言ってはいけない言葉だったんだ。 気が付けば 『…………ッチ』 買ったばかりのタバコが、空になっていて 灰皿には吸い殻が山の様に散乱していた。 何に苛立っているのか 何にこんなにも不安になっているのか 握り締めたタバコの箱を力いっぱい握り潰して なかなか帰ってこない剛を待つ事しか出来なかった。 『…………あ』 暫く机に伏せていると、楽屋のドアが開く音がして。 入って来た剛の顔を見たら、さっきまで一緒に居たはずなのにすごく久しぶりに会った気がした。 「………ただ、いま。」 『………おかえり。』 あの娘と何を話したのか、もし告白されたのなら、どんな答えを出したのか。 剛の表情からは、何も読み取れない。 『…………お前、さ。』 黙って向かいの席に座った剛は顔を上げて 少しだけ首を傾げる。 『……あん時、何に謝ったん?』 剛を、抱いた夜。 必死に俺の名前を呼んで。 涙で滲んだ瞳を俺に向けて。 お前は、何にゴメンと呟いたんだろう。 「…………」 黙ったまま俯いた剛は、少しだけ顔を歪ませて。 「…………て、ええよ。」 『………え?』 聞き取れない程小さな声を出した後、椅子から立ち上がって 俺に背を向けて、今度はハッキリと聞こえる声で言った。 「あん時の、事。忘れてええよ。」 そしてまた。 楽屋には、俺一人になった。 忘れて良いって事は、忘れて欲しいと言う事なのか。 剛にとって、もう触れて欲しくないと言う事なのか。 俺には全然、わからないけど。 『…………忘れられる……訳、ないやんか……』 つくづく自分は勝手な人間だと思う。 自分で突き放して 自分で剛の家に行って、抱いて。 『………一回じゃ……足りひんねん………』 剛は本当に、「一回だけ」で良かったのかもしれないのに。 長瀬から 剛に彼女が出来たらしい、と聞いたのは、それから一週間後だった。 「でさぁ、携帯見てなんかフニャって笑うわけよ!絶対彼女だよなー!」 『………さぁ。』 真相を確かめ様と長瀬に誘われるまま飲みに行くと どうやら、長瀬の「カン」らしい。 「お前、一緒に居てわかんねーの!?ありゃ、恋してる顔だね、つよちゃん。」 恋してる顔。ってのは、どんな顔なんだろう。 一年間、俺を好きだと言い続けた剛の顔は、昔から一緒に居る剛と同じ顔で。 約束をしてからは、上手く笑う事をしなくなったのに。 最近だって、あれから俺と剛は相変わらず。 あの日の事もあの娘の事も何も核心に触れないまま、「何か」が足りない俺達のままで。 剛が恋をしているのかどうかなんて、俺にはわからなかった。 『そんなに、解るもんなんかな。……恋、してるかしてないか、とか。』 「わかるだろ!なんか、ちょっとプチハイテンション、みたいなさ。つよちゃんは今まであんまし恋愛に興味なさそうっつーか。恋愛の話振っても反応なかったけどさ、なーんか、こないだは違ったんだよなー。」 『………なぁ』 ジョッキを傾けて 残ったビールを全て飲み干した長瀬が、視線だけで俺を見る。 『………俺、いまどんな顔してる?』 「はぁ?」 キョトンとした長瀬は、すぐにゲラゲラと笑って 頬杖を付きながら、俺を覗き込む。 「………なに、恋してんの?」 楽しそうな長瀬の顔に、なんか腹が立って。 質問には答えずにビールを飲み干すと 「恋」と言う言葉に、俺の下で小さく喘ぐ剛の顔が思い浮かんだ。 「………ま、わかりやすいけどね、お前は。誰に恋してんの?なんて聞かねーけど。相談なら乗るっすよ。」 『………してねーよ。』 「してなかったら、お前が『俺どんな顔してる?』なんて聞くわけねーんだよ。親友なめんな。」 背中を豪快に叩かれて それと一緒に、胸につかえた言葉が喉からスルリと零れて行った。 『…………告白された相手、に。迷惑だって突き放した。』 「………で、今になってその娘が気になる、とか?」 ズバリ当てて来た長瀬に、黙って頷く。 「お前から、好きって言えば済む話じゃん。」 いとも簡単にそう言った長瀬は、俺を見て。 お前は、そんな事も出来ねーのかよ。と笑った。 『………や、でも…もしかしたら、もう恋人居てるかもしれへんやん。』 「それでも良いじゃんよ。何も伝えずに終わるより、気持ち伝えた方がスッキリするじゃんよ。」 『……………』 気持ちの何処からが、好きと言う感情なんだろう。 ずっと恋愛から程遠い所に居た俺は、それすら解らなくて。 こんな曖昧な感情のままで それを剛に伝えて良いのかどうかも解らなかった。 もし、剛が先に進もうとしているなら。 それを、俺に止める権利なんてあるんだろうか。 「………難しく、考えんなって。お前が、思ってる事をさ。正直に伝えれば良いんじゃねーの?」 『………解らんねん。向こうは……俺に言った事……忘れて良いって……。だから、もう何も触れんで欲しいんかなって。』 あんな目で、俺の右手を握り締めたくせに。 あんな声で、俺の身体に反応したくせに。 あんなに激しく、抱き合ったのに。 忘れて良いって言われて、忘れられるわけがないんだ。 「……どーしたいんだよ、お前は。」 俺、は…。 『………迷惑だって……言った事、撤回したい。……そんで……抱きしめ、たい。』 あの日の様に、この腕の中に抱きしめて。 あんな作り笑いなんかじゃなくて 心の底から、笑って欲しい。 「………なぁ、光一。」 運ばれて来たジョッキを、俺の前にドカンと置いて。 ニカっと笑った長瀬は、目を細める。 「………お前、恋してますって顔、してるよ。」 『…………そっか。』 長瀬に言われて、初めてこの感情を「恋」だと認める事が出来た気がする。 今更、なんて思われるかもしれない。 剛にはもう、俺なんか恋愛の対象じゃなくなってるかもしれないけど。 今、俺が感じているこの気持ちを伝える事が出来たなら。 今度は俺が、言い続けるから。 突拍子もなく。 『………』 長瀬と別れてから、その足で剛のマンションへとタクシーで向かったけど インターフォンを鳴らしても、反応がなかった。 だいぶ酒の回った頭で、帰ろうか待とうか散々迷っていると、マンションの自動ドアが開いて、見慣れたシルエットが視界に入る。 「…………なに、してんの?」 ゆっくりと近付いた剛の腕を握ると 『………待って、た。』 掴んだ剛の腕は、小さく震えていた。 「…………お前、酒臭い。」 少し笑った剛に、自分も苦笑して。 少し悩んだ様に視線を外した剛が、エントランスのロックを解除する。 「………入って。」 言われるままに、剛の後ろを歩いて 乗り込んだエレベーターは、今までにない位の居心地の悪さだった。 「………で、どしたん?」 促されるままソファに座っていると、温かいコーヒーが目の前に出されたけど 今の俺にはそれを啜る余裕すらなくて。 床に腰を下ろした剛の緊張した様な背中を、強引に抱きしめた。 「…………っ…」 ビクっと震えた身体は、握っていたカップを床に落として 慌てて拾おうと身体を離そうとする剛を、きつく抱きしめ直す。 「………こ、いち……」 『…………後で、俺が片付けるから。』 だから今は こうして居たい。 「………酔ってるん?」 震える声が、鼓膜に響いて。 首を横に振ると、それきり剛は何も言わなくなった。 伝えたい事は、沢山あるのに。 どの事から、どんな言葉で伝えて良いかわからない。 『…………剛。』 「……………うん。」 喉まで出かかった言葉が、また胸に逆戻りして なかなか伝える勇気が出ないでいると、テーブルの上の剛の携帯が着信を告げる。 電話を気にするように顔を動かす剛に、あの娘の顔が頭に浮かんで。 「………ごめ、電話…」 『………出るな。』 勢いのまま、剛を床に押し倒した。 部屋に鳴り響く電話の着信音。 揺れる剛の丸い瞳。 『………剛。』 ゆっくりと、唇を近付けると 剛の両手が、俺の唇を寸前で塞いだ。 「お、前っ………酒……絶対、酔ってるやろっ……」 『………酒は飲んだけど、酔ってへん。』 「酔ってるやんっ。酔ってなきゃ………こんな……」 いつの間にか携帯は鳴り止んでいて あの日と同じ様に、水槽のエアポンプの音が聞こえる。 「…………こんな、事……」 剛の瞳は、涙で潤んでいて。 唇を塞ぐ掌を剥がして、その掌に口付けた。 『………あの約束………無しに、出来ひんかな…』 「………な、に………今更……」 『………今更やけど。無しにして欲しいねん。』 「……っ………迷惑やって……他に好きなヤツ探せって……言うたやんっ……!!」 瞳に貯まっていた涙は、剛の頬を伝って。 頬から床へと、こぼれ落ちる。 『……うん。言うたな。……ごめん。』 次第に大きくなるしゃくり声に、自分がどれだけ剛を追い詰め傷つけて来たかを思い知らされる。 「……っ……めっちゃ……頑張って……ック……色ん、なっ…人と…飲み、行ったりっ……」 『………ん。』 もう一度、握った掌に口付ける。 「……でもっ……こ、いちがっ……どーしても……好き、やねんっ……だから……ごめん、って……」 あん時、何に謝ったん? 泣き叫びながら あの時の俺の質問の答えをくれた剛に、胸が、熱くなる。 もう何年も忘れていた恋焦がれる様な胸の痛みや、自分の意思とは関係なく高鳴る心臓。 『…………剛。』 掌を引いて 起き上がった剛を胸の中に閉じ込める。 「……ご、めっ………ど、んな……努力してもっ……無理っ………」 剛の掌は、力いっぱい俺のシャツを握り閉めて 「光一っ…がっ…………、好きやねんっ……」 『……俺も。好きや。』 こんな短い言葉を伝えるのに、なんでこんなに勇気がいるんだろう。 何度も何度も言ってやろう、なんて思っていたのに 今の俺には、一回が精一杯で。 顔を上げた剛は、眉をしかめて俺を見つめる。 「………っ……嘘や…」 『嘘ちゃうよ。』 「……お前……酔って、るもんっ……」 『酔ってへんて。』 「だってっ………迷惑って…」 迷惑と言った俺と 好きだと言った俺の二つの言葉の間で揺れる剛の心は、涙を止める事を許してくれなくて 『………どーしたら、信じてくれんの。』 俺はまた、何て言葉にして良いのか解らなくなる。 「……ック……酒……抜けてから、また言ってくれたらっ……信じ、る…」 『………解った。』 髪に、頬に。 そっと口付けると、剛は泣きながら微笑んで。 その笑顔に、心の奥に引っ掛かっていた小さなトゲが抜けた様に俺を安心させた。 「………こう、いち。」 ん?と顔を上げると 剛は、すっかり泣き止んでいて。 「……あれ、片付けてな。」 指差した先には、剛が落としたカップと床に広がるコーヒー。 『おー。忘れとった。』 笑って、立ち上がると 「嘘。俺やるから、帰ってええよ。」なんて可愛く笑う。 『……俺、帰らへんよ。』 「………え?」 カップを机に直して 手際良く台拭きでコーヒーを拭いていた剛の動きが、ピタリと止まった。 『……とりあえず、酒抜くから。シャワー借りんで。』 剛の返事も聞かない内に、さっさと風呂場へ向かう。 『………酒くせぇ』 衣服を脱ぎ捨てると、剛の言った通りに酒の匂いがして。 熱いシャワーで、それが消える様に丁寧に流した。 『……………剛?』 リビングに戻ると、剛は居なかった。 抱いた翌朝も、こんな風に剛は俺の前から居なくなっていて あの日の様に、心に穴が空いた様な空虚感が俺を襲う。 寝室にも、客室にも。 トイレにも、何処にも居なくて。 玄関へと走ると、ドアがゆっくりと開いた。 「ぅ…わっ」 『お前…………何処行っててん……』 俺を、見て。 赤い顔で俯いた剛は、コンビニの袋を俺に差し出す。 「……コーラ……風呂上がり飲みたいんちゃうかなって………てか、服着ろや!」 渡されたコンビニの袋には、コーラとアイスがいくつも入っていて。 抑え切れない愛おしさに、力いっぱい剛を抱きしめる。 「……っ…ちょ……裸っ……」 『………好きや。』 僅かに抵抗していた剛は、急に大人しくなって。 『………聞いてた?』 「………聞こえ、た。」 俺の背中に、震える両手をゆっくりと回す。 『……酒臭い?』 「んーん。………俺んちの、ボディソープの匂い。」 顔を上げた剛の口元は、綻んでいて もう二度と、作り笑いなんか出来ないように。 その唇を、唇で塞ぐ。 「……………こ、いち」 『………ん?』 「……好きになる可能性……ゼロやなかったね…」 唇を離すと、すぐにまた俯いて。 俺の胸元に預けた頭は、少し震えていた。 『………そーやな。』 何度も何度も 唇を重ねて。 運んだベットの上で、小さな声を漏らす剛に また俺の胸は、馬鹿みたいに大きな音を立てる。 「………よかった……」 優しく、微笑みながら 「……光一が、俺の身体に……反応してくれた……」 そう呟く剛。 『………ほんまは、楽屋でも…結構その気やったで、俺。』 剛に押し倒されて 強引に愛撫されたあの時。 熱っぽい瞳で俺を見る剛に、確かに俺は反応していた。 『……一回だけって抱いた後も。……何度でも抱きたいって。……お前のこの顔、忘れられへんかった。』 「………っ…」 剛の瞳には、あっという間に涙が貯まって。 その雫さえ愛おしいと。 しゃくり声と喘ぎ声が混ざる寝室で、俺達はきつく掌を握り合いながら身体を重ねた。 『………起きたらおらんとか、無し、な。』 ベットの中で 伸ばした俺の腕に頭を預けた剛は、クスクスと笑った。 「……どーやろ。起きてからのお楽しみや。」 『お前……此処に居ますって言え!約束せぇや。』 汗で額にへばり付いた前髪を整えてやると 「嫌や。光一、どーせ約束無しにしてや~って言うやん。」 悪戯っぽく笑う顔も、可愛くて。 『約束はなー、破る為にあんねんぞ。』 「うわっ……最悪や……」 心の底から笑ってくれる顔に、剛の身体を抱き寄せる。 『………でも、これだけは絶対破らへんから。……お前も、絶対破んなよ。』 胸の中で 少し苦しそうに顔を上げた剛が、何?と首を傾げて また乱れた前髪を、丁寧に掻き分けてやった。 『………俺以外のヤツに……目向けんなよ。』 「ンフフ……どーしよっかな」 『おっ前………俺は、約束すんで!お前以外のヤツに、絶っ対目向けたりせーへん!』 どうやら俺は、剛にまんまと嵌められて。 普段じゃ言えないような、こっぱすがしい台詞をまんまと言わされてしまった。 まぁ、それでも良いか。 こんなに嬉しそうな剛の笑顔は、久しぶりだし。 この顔を見れるなら。 いつだって、「言わされた振り」もしてやるから。 END |
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