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幸福を拒むエレンと全て与えたいリヴァイの話
by スモ
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翌日、エレンは予想通り風邪を引いた。定期的に訪れるオメガの発情期は、身体が正常な証だ。それを抑える抑制剤は、生物が生まれながらに持つ正常な機能を低下させる。つまり、病原体に対する免疫力も一緒に下げてしまうのだ。
(不吉な予感ほど当たるんだよな…)
厚手の布団に包まっても去ってくれない寒気は、体が発熱していることを示している。本来なら解熱剤を飲みたいところだが、抑制剤と併用すると効きすぎて体温が異常に下がってしまう危険があった。そのため、エレンはじっと体力が回復するのを待つしかない。
そういえば、リヴァイと暮らすようになってから発情期を迎えるのは、これが初めてのことだな、と思い至る。その時、まるでタイミングをはかったかのように「エレン?」とドアをノックされた。
海外出張に行っていた筈の彼が、どうしてここにいるのだろう。リビングのカレンダーの帰国予定日はいつになっていたっけ。おぼろげな記憶を手繰り寄せてみれば、今日の日付だったことを思い出した。
「起きてるか?返事をしろ」
久しぶりに聞く彼の低い声は耳に心地よい。
「…………おきてます」
精一杯いつも通りの口調を心掛けたつもりだが、上手くいったかは自信がなかった。案の定、ドアの向こうからは気づかわしげな言葉が続けられる。
「具合でも悪いのか?」
「…なんで、」
「リビングに本が散乱してるから」
確かに昨夜の記憶を辿れば、寒気を覚えた後すぐにベッドへダイブしたような気がする。
「すみません、…ちらかして。後でちゃんとかたづけます」
「……………」
その後、続いた玄関の開閉音に、エレンはホッと胸を撫で下ろした。どうやらリヴァイは自身の不調に気付かず、仕事に向かってくれたらしい。
(それでいい…)
自分には大切にする価値なんてないのだから。ぎゅうっと身をかたくしながら、エレンは強く目を閉じた。
いつの間に眠っていたのか。遮光カーテンに閉ざされた室内は眠る前と変わらず薄暗かったが、隙間から差し込む日差しはなかなか力強かった。
時刻を確認すれば、午後の四時過ぎ。ベッドの上に上体を起こして腕を伸ばせば、体が軽くなったような気がした。
抑制剤は、一日三回服用する必要がある。できれば食後が望ましい、ということは分かっていたが、これから一人分の食事を用意する気力はなく、空きっ腹に飲んだ後の副作用がそれ程つらくないものであることを願うしかなかった。
薬の瓶を手に、ベッドを降りる。ドアを開けると、同時にガサッとビニールが音を立てた。向こう側のドアノブを見れば、マンションからほど近い場所にあるコンビニの袋が吊り下げられている。中には栄養補給ができるゼリー飲料にスポーツ飲料、額に貼る冷却シートとのど飴が入っていた。「6時には戻る」と書かれたメモは、リヴァイの人柄を表すように達筆だ。
ぶわり、と全身が総毛立つのを感じる。なんで、どうして。エレンはドンと近くの壁に寄り掛かった。
いつも通り会社に向かったと思った彼は、どうやらあの短い問答で自分が風邪をひいていることを察し、必要最低限の物を買いにコンビニへ向かってくれたらしい。更に「6時には戻る」ということは、仕事も早めに切り上げてくるつもりに違いない。
(嫌だ…、駄目だ…)
迷惑だけはかけたくなかったのに、とエレンは込み上げてくる罪悪感に今にも押し潰されそうになる。自分にそんな価値はないのだ。重荷になるくらいなら捨てて欲しい。心の底からそう思う。
(あぁ、だけど…できないか)
分かりにくいが、優しい人なんだ。表情が乏しくて、ほとんど感情を顕わにしないから勘違いされがちだけど、本当は誰よりも人間らしい心を持っていることを知っている。
(? 知ってるって、なんだ…)
まただ。自分の思考なのに、違和感を覚える。どうしてリヴァイのことになると、自分は突拍子もない考えを、さも当然の事実のように信じ込んでしまうのだろう。まるでずっと前から、彼のことを知っているかのように。
(これも全部、番だからなのか?)
リヴァイと出逢ってから、分からないことや侭ならないことだらけだ。エレンは根拠のない憶測はやめようと、頭を振って考えを切り替える。
このままリヴァイに負担をかけるような真似はしたくない。かと言って、今この家を出ていったところで、以前自宅の場所を探し当てられた時のように連れ戻されるのは目に見えている。
ならば、どうするか。
(…潔癖症のあの人なら、他人の手垢のついた物には見向きもしないだろう)
そうだ。自分がリヴァイにとって視界にも入れたくないぐらい汚れれば、きっと捨ててもらえる。熱に浮かされた状況で考えた割には、なかなかの名案のように思えた。
幸い、今の自分は発情期だ。適当なアルファを引き寄せてその気にさせるぐらい、造作もないはず。
エレンは発情期を迎えてから、初めて抑制剤ではなく避妊薬を口にして外へ出た。
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