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間男エレン
by るね
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ま‐おとこ〔‐をとこ〕【間男/▽密男】.
[名](スル)夫のある女が他の男と肉体関係をもつこと。また、その相手の男。「女房に―されて逃げられた」
(by goo辞書)
「間男してんじゃねぇよ」
と、聞こえてきたのは、偶然だった。
いや、すれ違いざま、聞えよがしに呟いていったのだから、偶然ではなく、それがエレンへ向けられたあからさまな悪意であることは間違いない。事実、その些細な言葉は、エレンの胸にぐさりと刺さった。
(……俺って間男なのか)
――そうか。間男か。
いったい誰の、と問うのなら、それはリヴァイ兵長その人に他ならない。
数カ月前に有無をいわさず彼に抱かれ、以来ほぼ片時も傍を離れることを許されない。監視とは明らかに違うそれは、てっきり彼からの好意を示されているのだと思い込んでいたのだが、なるほど言われてみれば、自分の立場は公認される恋人等とは程遠い。妻だの夫だのという公的な契約関係があるわけでもない。
(そうだな――兵長にとって、俺はただの間男、なのかも……)
腑に落ちた、と言うべきだろうか。
ずっと不思議ではあったのだ。どうしてリヴァイが自分なんかを選んだのだろうかと。だが、今の兵士の言葉で納得ができた。結局自分は、ただの間男だったのだと――エレンはしゅん、と凹んだが、拗ねて仕事を放棄するわけにもいかなかった。抱えている書類は、リヴァイの押印を必要としている。エレンはリヴァイ専属の秘書と化しているのだから、それを他の誰かに頼むというわけにもいかない。
ああ、と途方に暮れたため息を吐いてぎゅっと拳を握り締めると、エレンはリヴァイの待つ執務室へと急いだ。
さて、ここでエレンにとって不幸だったのは、お前が今考えているそれは、大いなる勘違いだ、と教えてくれる人間が、たまたま近くに居なかったことだ。例えばアルミン──とまでは言わなくとも、ジャンの一人でも隣にいたのならば、「馬鹿か。間男ってのはなぁ…」と物知り顔にエレンを馬鹿にしつつ、『間男』の本当の意味を教えてやっただろう。
そうすれば、リヴァイが誰とも婚姻関係など結んでもいなければ、自分の他に恋人はいないことくらい、重々承知しているエレンが、妙な勘違いをすることも無かった。
恐らく、エレンを詰っていった兵士は、兵長と団長の間に図々しく首を突っ込んでいる(ように見える)エレンを罵ったのだ。
なにせ巨人になれると気味悪がられている新兵が、憧れの兵長様に特別可愛がられているのだ。その様子は、一般兵士たちから見れば面白くないに違いない。羨望と嫉妬の対象となるのも、当然といえば当然だ。
だが、この化け物が、とあからさまに口にするのは、紛いなりにもエレンを「人類の希望」と祭り上げている調査兵団内ではよろしくない。寵愛している新兵を悪しざまに扱われれば、リヴァイとて感じるところがあるだろう。そんな心理が働いて恐らくその兵士は『間男』と控えめに詰るに留めたのだろうが。
なんと、肝心のエレンはその言葉について、大いに勘違いしていたのである。
(間男……かぁ……。それって、本命じゃない、所詮遊んで捨てられるだけの相手ってことだよな……俺、いつ兵長に捨てられるんだろ……)
その混乱は深く、そして頓珍漢な方向へと疾走していく。
エレンは、さっきの兵士は、俺にたかが遊び相手のくせに調子に乗るな、と言いたかったんだろうな、などと思って、深い深い溜息を吐いた。
(ほんとだよな……男で、気持ちの悪い化け物の俺を相手に、本気になんかなるわけがないのに)
俺は、愛されてる、なんて勘違いをして。
(だって、あんなに優しいキスだった)
嬉しくて、涙が零れるくらいにと、リヴァイに与えられたキスを思い出すだけで、ぐっと胸が痛くなる。
触れてくれた手は温かくて、ぎゅっと抱きしめては、エレンの不安をかき消してくれた。彼の熱を与えられれば、心から愛されているんだと勘違いしてしまうくらいに激しくて、けれどそれも、これも、何もかもがただエレンを弄ぶための手段に過ぎなかったのだ。
本当なら、兵長に相手にして貰えただけでも、奇跡みたいな話だ。だから文句を言うことはできないけれど――
(ああでも、それなら俺は)
その夜のことだ。
リヴァイに夜のお茶を運んだエレンは、「少し寄っていけ」と声をかけられて、びく、と体を揺らし、リヴァイから半歩後ずさった。
「……エレン?」
その態度を不審に思ったリヴァイが手を伸ばすが、それからも逃げてしまう。
心の奥底が痛くて、息が出来ない。触れて欲しいのに。触れたいのに。
でも、もうそんなのは終わりにしなくては、とエレンは首を振った。
「あの…もう止めてください。俺、ちゃんと弁えますから」
「……何のことだ」
訳が判らない、と不審な顔をするリヴァイを、エレンはその瞳を揺らしながら、すみませんでした、と言った。
「い――今まで色々……相手をしてくださって、ありがとうございました。でも俺」
俺、と一度言葉を途切れさせると、エレンは視線を足元へ落とし、それから
「俺、自分が何者だったか、ちゃんと判ってますから……兵長の優しさに図々しくもつけこんで、調子に乗っていたと自覚しました。もうそんな情けはかけていただかなくとも、ご迷惑はおかけしませんから…っ」
と一息で捲し立てると、ばっと顔を上げたエレンの瞳には、一杯の涙が溢れそうになっていた。
「おい、エレン」
そりゃあ、いったいなんて顔だ。
驚いたリヴァイは、それ以上言葉が継げなくなってしまう。なにせそのエレンの表情は、見ているだけで、思わず抱きしめたくなるほど官能的だったからだ。寄っていけ、と言ったくらいなのだから部屋の中には二人っきりで、邪魔する輩は何処にも居ない。
ぶわっと高まった衝動のまま、リヴァイはエレンを抱きしめようと手を出しかけたのだが。
だがちょっと待て、とリヴァイはそこで自制する。
この、エレンの妙な言動から察するに、何処かで何か妙なことでも吹き込まれてきたのだろう。エレンを妬んで陰口を叩くものがいると言っていたのはミケだったか。殺されないように体を使って上層部に取り入っているのだとか、巨人になれるから依怙贔屓されているのだとか。聞けば聞くほど馬鹿馬鹿しくて、言いたい奴には言わせておけばいいと放置したのだが、当事者には少々きつかったらしい。傷ついた表情は非常に美味しいが、ここで襲いかかったら、エレンにどう思われることか。
暴走しかけた欲望をなんとか抑えこみ、そんな噂など気にしなくていいと慰めてやるつもりでリヴァイはエレンの腕に手を伸ばした。
指先に甘さを加えて、そっと撫で下ろし、手の甲へと指を滑らせる。きゅ、と握れば、直ぐに頑なさが消えて、エレンはふにゃん、と顔を緩ませる――はず、だった。だがリヴァイがギュッと手を握ろうとした矢先、パンッと軽い音をたててエレンがその手を跳ね除けていた。
予想外の反応に、リヴァイがぱかっと口をあけ、呆然とエレンを見上げていると、エレンはとうとう、ふるふると震えはじめた。
しょぼくれていたはずが唇を戦慄かせ、 キッとリヴァイを睨みつけて
「そんな上辺だけの優しさなんて……っ、いっそ間男なら、間男らしく扱ってくれてればっ!」
「あ? 間男?」
「そうですよ…っ、俺、そんなことだって知ってたら、あなたとこんな風にならなかった…っ」
とキレて叫んで──挙句、くるりとリヴァイに背を向けて、廊下を逆走して逃走していってしまったのだった。
「??????」
取り残されたリヴァイは、暫くぼんやりとエレンの去って行った扉を見ていたが、
「……っ、な、っんなんだ、あのクソガキ…っ」と唸ると、ギリッと歯を食いしばった。
誰が誰の間男だと? こんなに甘やかしてやってきたクソガキが、なんでそんな勘違いをしてるんだ。俺が、お前以外の誰とも付き合ってもいないし、結婚なんぞ以ての外だということくらい、判っているだろう。お前が間男だというのなら、お前以外の本命が、いったい何処に居ると言うのか。
いや、そもそも間男ってのはあれだろうが、既婚の女を誑かす優男――言葉通りにエレンが間男なら、俺には別に男がいることになる。しかも抱かれる方で、だ。
いったいあいつの頭ン中はどうなってんだ。まるでわかりゃしねぇが、とどの詰まりは――
「チッ……俺を疑ってるってことか」
腹立たしさを抑えもせず、壁を蹴りあげれば、レンガが崩れて穴があく。
エレンが、何をどうしてその考えに至ったのか、などもうどうでもよかった。正直、年甲斐もなく、と同僚連中に笑われながら、この数ヶ月惜しみなく愛情を注いできたつもりだったのだ。リヴァイの気持はストレートには伝わりにくいからね、という憎たらしいハンジのアドバイスに従って、要所要所ではっきり言葉にもしてきたし、態度にだって示してきた。勿論、間男扱いなどしたことはないし、本命も本命、ド本命の相手から、示してきた優しさが上辺だけだと詰られて。
「そうか――そうか、エレン。お前にはまだわかりにくかったか」
幾ら、心ない陰口を聞いたからと言っても、その勘違いはあり得ない。
いいだろう。ならばこれ以上、疑いなど抱く余地も無い程、その体に思い知らせてやろうと心に誓うと、リヴァイは徐ろに地下牢へと向かってスタートを切ったのである。
一人で走って地下牢へ戻ったエレンは、はあはあと息を弾ませながら牢の入り口を締めて、鍵をかけた。
そのまま鍵を握りしめ、ベッドへ潜り込むとシーツを頭から被って丸まってしまう。
辛くて辛くて、仕方がない。
あんなこと、言いたくなかった。でも俺は間男だから。いつか捨てられる奴だから。
傷が浅いうちに、お別れしたほうがいいんだ―――とえぐえぐ泣きながら枕に顔を埋めた。
壊れてしまいそうなくらい胸が痛い。このまま、涙に溺れて死んでしまいそうだ。
勿論、巨人を全て駆逐するまでは、命を捨てることなどできやしないけれど、今日だけは、今だけは女々しく泣くことを許して欲しい。
明日からはきっと元の通りのエレン・イェーガーに戻って、兵長とだって普通に話してみせるから。
ぎゅっと拳を握りしめ、エレンは小さな嗚咽を噛み殺した。
だが、エレンがさめざめた泣いていられたのも、僅か数分のことだ。
地下へ降りる階段を駆け下りてくる足音が聞こえた、と意識に上るよりも早く、扉を蹴り上げるものすごい音が地下牢に響いた。
驚いて、ひっと身を竦ませたエレンの目の前に、いつの間にか立っていたのは、般若の如く顔を歪ませたリヴァイだった。
「へいちょ…」
怒っている。ありありと判る表情を見て、エレンは恐怖で身を震わせた。けれど涙は止まらない。しゃくりあげながら、濡れた頬を拭うと、リヴァイの心中に噴き出してきたのはどうしようもない憤りと、欲情だ。リヴァイは鬼の形相でエレンを睨むと、その首元を掴んだ。
「あっ、や、」
と、抗う間もなく、ベッドへ押し倒され、馬乗りになったリヴァイに睨まれてエレンは息を呑んだ。
「俺は、寄っていけ、と言ったはずだ。何逃げてやがる」
「……っ、俺はもう、あなたとは……っ」
「あ? 今更俺と、切れたいとでもいうつもりか?」
「切れたい…っ、とかじゃなくて、だって俺は――て、やっ、兵長何を」
エレンはリヴァイの手が手際よく自分の衣服を剥がしに掛かっていることに気づいて、慌ててシャツの裾を引っ張った。が、それがまたリヴァイの癇に障り、腕を掴んでシーツに縫い止めてしまう。
「大人しくしてろ。いつもどおり、可愛がってやる」
「嫌です…っ、俺はもうあなたに抱かれることはできません!」
エレンは足をばたばたとばたつかせ、リヴァイから逃れようと必死になった。無論、リヴァイがそんなことで怯むわけがない。
「あぁ? お前の意志なんざ知ったことか。俺がお前を、欲しいと言ってるんだ。黙って差し出してりゃあいいんだよ」
「ひ…酷い、俺が、間男だからってそんな扱い…っ」
「煩い、黙れ。何が間男だ。いったい何を考えてるかは知らねぇが――疑う余地もねぇくらい、その体に思い知らせてやるから、覚悟しやがれ」
リヴァイは忌々しげに唸ると、エレンの細い顎を掴み、その鼻先まで顔を近づけた。そのままキスをしようとするが、
「やっ、やです…! やめて――っ」と言って、腕を突っぱね、拒絶されて。
本当に、腹立たしい。鬱陶しい腕だ。
わあわあと喚くエレンの腕を一纏めに掴んで胸に押し付けると、その唇を、リヴァイは強引に塞いで言葉ごと飲み込んでしまった。
「んん……っ、う、ぐ」
ぴたりと重ねた粘膜は、熱くて甘い。その口腔を舐めまわし、自然と溢れる唾液を啜りあげると、今度はひく、ひく、と少し肩を震わせながら、リヴァイの手に爪をたてた。ぎゅ、と肌に食い込んで痛んだが、リヴァイはそれを跳ね除けなかった。
ねっとりと、ねぶるようにしてエレンの舌を味わい、捏ねくり回す。口蓋を擽り、喉の奥まで舌を差し入れ、愛撫すると、それからゆっくりと唇を離した。
弱いところ全部を攻められて、口淫だけですっかり力の抜けてしまったエレンは、瞳一杯に溜めた涙をぼろぼろと零しながら、横を向いてリヴァイから目を逸らした。
抱かれることを覚悟したのか、もう、嫌だ、と喚くことは無いけれど、別れを決意した瞳には揺るぎがない。それに気づいて、リヴァイは、ぐっと息を呑んだ。
(本気なのか)
別れたい――というのは、と思い、唇を噛む。
ならばこれ以上未練がましい真似をして、みっともないと思われるよりは、さっさと手放してやったほうがいいのだろうか。一瞬そんな迷いがリヴァイの胸に生まれた。
けれどそれは一瞬、だ。
無言で涙を流す子供をどんなに見つめても、やはり手放せるわけがないとしか考えられない。
これは、俺の希望だ。宝なのだ。他人にやるくらいなら、壊してしまいたくなるくらいに。
リヴァイは、エレンの髪をすきながら、懇願するように訴えた。
「なあ、エレン。お前はいったい何が不満なんだ。言いたいことがあるなら、言ってくれ」
頼むから、と握っていた手を緩め、すっかり冷たくなっている指先を擦る。エレンはやはり目を逸らしたままだったが、それでも
「不満――なんて――ただ、俺は間男なんだって――解っただけです」というと、きゅっと震える唇を噛み締めて、とうとう目を伏せてしまった。
エレンの言葉がその場しのぎの言い訳ではないのは明白だが、リヴァイはますます混乱するばかりだ。
エレンはいったい誰のことを誤解してるのだろうか。痛む額に手を当てて、必死で考えてみるが残念ながら思い当たる相手がいない。
エルヴィンのことか。ミケか、ハンジか。それとも夜会で会う貴族の女たちの誰かなのか。その誤解を解消すれば、まだ別れずに済むのだろうか。情けないとは思ったが、リヴァイは縋るように告白した。
「なあ。俺はお前以外に今、関係持ってるやつはいない。最初に抱いた時にも言ったが、俺はあれこれ一度に手を出せるほど器用じゃない」
事実、エレンを自分のものにしようと決めた時から、仕事以外で他の人間とふたりきりになることさえ避けてきたくらいだ。
それでも疑われるようなことがあったのなら謝るから、機嫌を直して欲しい――と、恥も外聞もなく懇願するつもりだったのだが。
リヴァイがそれを言い出すより先に、エレンが拗ねたような口ぶりで
「それは――知ってます、けど」と言い、ん? とリヴァイは首を傾げる羽目になった。
(……知ってる? のに、間男?)
他に相手が居ないことが判っていて、どうしてそのセリフが出てくるんだ。
「お前――自分が間男だ、と思ってるんだよな?」
念の為に確認すると、エレンはまた涙がぶり返してきたのか、えぐえぐ泣きはじめて
「……っ、俺がそういうこと判ってないからって、兵長は酷いです……。間男なら間男って最初に言ってくれれば良かったのに」
そうしたら、こんな勘違いなんかしなかった、と言うとまた、小さく嗚咽を繰り返す。
顔を腕で隠してくるりと丸まったエレンの姿はたいそう可愛らしい。このまま腕の中に閉じ込めて、抱き潰してしまいたいほどだ。
リヴァイはその衝動も何とか抑えて、背中を撫でてやる。だが、つい大きな溜息は吐いてしまい、エレンはビクッと体を震わせた。
とにかく、間男、ってのがいただけない。これでも惚れた相手には誠実にしようと――殊更エレンと付き合い始めてからは、気をつけているのだ。過去に付き合ってきたあれやこれやならともかく、今現在、誰よりも大事にしているエレンから、間男だったから、なんてわけの分からな理由で振られるのは勘弁して欲しかった。
ここはやはり、どんなにみっともなくても追いすがって、言葉で丸め込めるなら丸め込んで、引き止めるしか無い。
心を決めたリヴァイは、ぎゅっと拳を握った。
「エレン。よく聞けよ、俺にはおまえだけ――」
間男なんて思ったことは、一度だってない――と、言いかけた言葉は、最後まで言えなかった。
エレンがバッと体を起こすと、真っ青になって、「止めてください…!」と叫んだのだ。
ついでにその両手でぎゅっと口を塞がれて、ぎょっとしたリヴァイが目を丸くしていると、エレンは涙でぐずぐずになった顔を上げた。
哀しくて哀しくて仕方がない――そんな表情をしたエレンは、真っ直ぐリヴァイを見つめて、声を震わせた。
「もう言わないでください――やっぱり俺、間男でいいですから」
だから、と言うと、また泣き出しそうになるのを必死で堪えて、頬が引き攣った。
「いつか捨てられるんでもいい――遊び相手でも――だから、今だけ、もう少しだけ、俺を傍に置いてくれませんか」
「あ? 俺がいつ、お前を遊びだと――いや、だいたいお前。間男の話じゃねぇのか」
それがどうして、遊び相手だの、いつか捨てられるだのという話に繋がるのか、リヴァイにはさっぱり判らなかった。
だがエレンは真剣だ。
「そうですよ……っ。いいんです、判ってます。今後は、間男の自覚は、ちゃんと忘れないようにします。その時になったら、後腐れなくあなたのことは諦めます。だから今だけ。今だけでいいから」
そう言って、リヴァイの手をぎゅうぎゅうと握りしめて――その態度から、どうやら今直ぐに振られることはないと判る。その点については、胸を撫で下ろすことができたのだが、さっきから、どうにも意思の疎通に問題があるような、無いような。
俺は間男ですと言う割には
「でも、捨てるときははっきり言ってくださいね……。俺、聞き分けよくするから――遊びでも、俺は構わないから」
などと言って、辛そうに顔を歪めながら、必死で微笑みを作っている。
「エレン」
「はい」
リヴァイは、眉間の間に拳を押し付け、神妙にエレンに尋ねてみる。
「お前――間男、ってどういう意味だか知ってるのか」
と、エレンはまた、ぶわっと瞳いっぱいに涙を溢れさせてキレ気味に叫んだ。
「し……っ、知ってますよ、それくらい!」
「言ってみろ」
「は?」
「いいから、言ってみろ」
間男の意味を言え、と繰り返すと、リヴァイはそれっきり黙ってしまう。それで仕方なく、エレンは戸惑いながらも、自分の持っている『間男』のイメージを言葉にしようと口を開いた。
「ま……間男……って、本気じゃない相手、ってことで……遊び相手で、いつか捨てられるって意味……ああくそ、なんでこんなこと言わされなきゃいけないんですかっ」
それを聞いて、リヴァイが思わず絶句し、目を覆ってしまったことに罪はない。
だってお前――何が、間男、だ。そりゃあ、全く意味が違うじゃないか。しかもなんだ、いつか捨てられるって。俺に? お前が? 逆ならともかく、それはあり得ないだろう。
リヴァイはホッと安堵して、思わず今まで以上に大きな溜息をついてしまう。それが気になったのか
「う……わ、態々そんなの確認しなくたっていいでしょう……っ」
傷口に塩を塗りこむようなことを、と言うと、エレンはまたほろほろと涙を流すが、焦りの消えたリヴァイの目には、ただ可愛いとしか映らない。頭をぽんぽんと叩くと腕を掴んで、ゆっくりと自分の方へ引き寄せた。
エレンの髪を梳きながら、他にも言いたいことがあるなら言えと言ってやると、エレンは訥々と話を続けた。
その話は酷く要領が悪く、またウジウジしていて不愉快だ。リヴァイは幾度も、だからなんだと怒鳴りつけたくなったし、腹もたったのだが、辛抱強く聴き手に徹した。
最初からそう言われていれば、ちゃんと割り切って付き合ったのに、とか、中途半端に優しくするのは酷いとか。
やはりエレンは自分が、間男だ、と何処かで言われてようで、他人から聞かされるなんてと恨み事もいう。
「でも――そう、言われるのも仕方ありませんよね……そいつの言うとおり、俺は間男だから」
だから、それは意味を取り違えているのだが。
リヴァイはよくわかった、と言うと、エレンをぎゅうと抱きしめてやった。言葉よりもこの方が早い、と思ったからだが、効果はテキメンで、ひくっと喉を震わせたエレンは目を見開いて、言葉を途切れさせた。
伏せた眦から落ちる涙を唇で受け止めてやれば、エレンはまたびく、と体を震わせてリヴァイを見上げる。
余程驚いたのだろう――目をぱちぱちと瞬かせる様子が可愛らしくて堪らない。
全く、頭の悪い子供には困らされることばかりだ。こんなに愛しいと思っているのに、どうして捨てられるなんて不安がる必要があるんだ。それとも、まだまだ気持を伝え足りなかったということか。懸念を抱く間も無いくらいに、どろどろに甘やかしてやらなくてはな――リヴァイは思うままに抱き寄せると、エレンの耳元で
「それで、お前は――遊び相手だというのが嫌だったのか」と囁いてやる。
「え」
「俺にいつか捨てられるのが嫌で、先に別れようと思ったのか、と聞いてる」
間男の意味をそんな風に勘違いして、クソ可愛いったらありゃあしなかった。
「そう――ですよ。いけませんか……」
エレンはリヴァイの胸に額を付けて、抱擁を受け入れながらそう恨めしげに呟くが、リヴァイは少し嬉しそうに笑うと
「いや、悪くない」と答えた。
「は……? い、意味わかんね……」
そうだろうとも。言葉の意味を勘違いしている状態では、何も判るわけがない。
だが、悪いことなどあるものか。捨てられるのが嫌だ、ということは、俺にちゃんと執着してくれているということだろう?
言葉の意味を訂正してやろうか、と一瞬思わなかったわけではない。ただ、あんまり胸がいっぱいで、もうあれこれ言うことができなかった。
この年若い新兵にこそ、今だけの相手だと――もしかしたらただ、下士官としての義務感で付き合ってるだけだなのでは、と心配だったのだ。だが、捨てられるのが嫌だった、なんて。
(本気だからこそ、出る言葉、だろうが……)
そう想うだけで、リヴァイは幸せで堪らなくなる。
ぎゅっとエレンを抱きしめると、
「よく聞けよ、エレン。俺は、お前のことを、間男だなんて思ったことはねぇよ」と囁いた。
エレンは大きな目を更に大きく見開いてリヴァイを見つめたが、鼻先にちゅ、とキスされて驚いたようにその目を伏せる。
そんな仕草も可愛らしくて、リヴァイはもう一度瞼にキスをすると、
「だからなあ、もう俺のことを疑うな」
ビックリするだろうが……と優しげに目を細めて、エレンの髪を梳いた。
「……解りません、だって俺は、化け物だし」と自信なさげに俯くけれど、そういうところも全部含めて気に入っているのだから仕方がない。
いつまでも不安げにしてしがみついてくる大きな子供を抱えながら、リヴァイはどう甘やかしてやろうかとあれこれ妄想をふくらませるのだった。
「それで――誰がお前のことを間男なんぞと言ったんだ」
2時間ほどの間、存分に甘やかしてやった後、エレンを腕の中に抱きながら、リヴァイは尋ねた。
そんな誤解をさせたやつがいるなら、首根っこひっ捕まえて、いかに俺がエレンを愛しているかを証明して見せてやる。
だが、エレンはリヴァイがその陰口を叩いた兵士にバツを与えるのだと思ったらしい。
「解りません。でも確かにそいつの言うとおりだから――そいつのことは、罰しないで欲しいです」
「お人好しだな」
「だって――」
というと、エレンはリヴァイの背中にぎゅっと抱きついてくる。甘えられて嬉しくなったリヴァイは、だがゴチンとその小さな頭を小突くと不機嫌を装ってエレンを睨んだ。
「それに、『そいつの言うとおり』じゃねぇ。間男じゃねえってまだわからないのか」
「え」
「そうかそうか――なら、もっと可愛がってやらないとな? 疑う余地が無いくらいに、激しく」
「え、いや。あの」
戸惑うエレンの身体には、もう無数のうっ血の跡が残っていて、下肢も体液でべたべたで。
たっぷり愛された後だと一目で判るその姿で、「ちょ、待ってくださ…」と怯えたけれど、そのお願いが聞き入れられることは無いのであった。
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